歴史を変えた2011年3月26日
2011年3月26日、ドバイワールドカップ。
舞台はドバイ・メイダン競馬場。
世界最高賞金レースで、日本競馬は歴史的瞬間を迎えた。
ヴィクトワールピサ1着、
トランセンド2着。
日本馬によるワンツーフィニッシュ。
しかもそれは、ただ偶然に生まれた結果ではなかった。
出走した日本馬3頭が、それぞれの役割を果たして勝ち取った勝利だったのである。
トランセンドの逃げ ― 自分の形に持ち込む
スタート直後、レースを引っ張ったのはトランセンド。
ダート巧者らしくハナを奪い、自分の形に持ち込む。
淡々としたペース。向こう正面でも隊列は大きく動かない。
しかしここで、ひとつの“異変”があった。
内馬場側のカメラが気になったのか、トランセンドは完全に前へ集中し切れていないような走り。
真っ直ぐ前を見ず、明らかに視線は内馬場を見つめていた。
それでも先頭を守り続ける。
「逃げ」の責任を、背負っていた。
デムーロの決断 ― スローと読んだ瞬間
一方、最後方にいたのがヴィクトワールピサ。
鞍上はミルコ・デムーロ。
向こう正面の時点で、デムーロ騎手は確信する。
「遅い――。」
スローペース。
このままでは前が止まらない。
そこからの判断は電光石火だった。
大外を回し、一気に進出。
最後方から、逃げるトランセンドへ並びかける。
あのロングスパートは、日本競馬史に残る騎乗だった。
並びかけた瞬間、トランセンドが前を向いた
直線入口。
ヴィクトワールピサが横に並ぶ。
その瞬間だった。
それまでどこか集中し切れていなかったトランセンドが、
真っ直ぐ前を向いて走り出したのだ。
「負けない。」
そう言わんばかりの叩き合い。
2頭は並んだまま、他馬を突き放していく。
ブエナビスタの存在が作った“動けない外国馬”
そして忘れてはならないのが、ブエナビスタの存在である。
彼女は後方待機。
動かない。
しかし――
外国馬たちは動けなかった。
なぜなら、ブエナビスタの末脚は世界が知っていたからだ。
「先に仕掛ければ差される。」
その警戒が、隊列を硬直させた。
結果として、
- トランセンドが前を引っ張る
- ヴィクトワールピサが早めに進出
- ブエナビスタが後方で他馬を封じる
日本馬3頭で作り出した展開が、世界最高峰レースを制圧したのである。
震災直後、日本に届いたメッセージ
2011年3月11日。
東日本大震災。
日本中が、どんよりとした空気に包まれていた。
そんな中での歴史的勝利。
ゴール後、中継に映ったのは――
ヴィクトワールピサ関係者の歓喜。
日本人カメラマンの涙と笑顔。
そして実況の言葉。
「立ち直れ日本、頑張れ日本、ヴィクトワールピサ! そしてトランセンドからのメッセージ!
確かに遠くドバイから受け取りました!」
あの瞬間、震えた。
競馬が、スポーツが、
これほどまでに人の心を動かすのかと。
デムーロの日本への想い
勝利後の馬上インタビュー。
ミルコ・デムーロの目は赤かった。
日本への愛。
「日本人のために、朝から祈っていました」
「私は日本を愛しています、ありがとう」
言葉の端々から、それが伝わってきた。
外国人騎手でありながら、
誰よりも日本を思ってくれているように感じた。
これは、3頭で勝ち取った世界制覇
結果だけ見れば、日本馬ワンツー。
だがその裏には、
- 自分の形を貫いたトランセンド
- 展開を読み切ったデムーロとヴィクトワールピサ
- 後方から存在感でレースを支配したブエナビスタ
3頭それぞれの役割があった。
2011年ドバイワールドカップ。
それは、
日本競馬が“世界と互角”ではなく、“世界を制した”瞬間だった。
そしてあの日――
日本は、ほんの少しだけ前を向けた。
今も映像を見るたびに、胸が熱くなる。
あの叩き合いは、
永遠に色あせない。